カテゴリー「学問・資格」の19件の記事

2011年8月31日 (水)

K-POOP hahahha  736

またも韓流批判に強力なキーワードが登場した。

THE K-POOPである。多分今年の2ch内流行語のベスト10には入るだろう。

K-POOPとは・・・・

米国CNN「韓国メディアがK-POPは流行っているという嘘をつくのは不可解」 海外の反応

のなかのコメント

Annie
K-POOP (poop = うんこ)

なのだろうが、これを見た人は「K-POP」と聞けば、条件反射で「K-POOP」を思い浮かべるという。そして言わずにはおれなくなるという伝染性の高い言葉である。
しっかしまあ、見れば見るほど、世界中で韓流批判である。

韓国で流行と洗脳し、日本で流行させる・・・そうするとアジア各国へ「日本で流行!」「アジアで流行!」と洗脳し、その流れで西欧へ・・・。とんでもないバブルを起こそうとしているだが、まあ、実態のない経済みたいなのもので、すぐに弾けてしまうのだろう。
そのバブルをはじらかす、針みたいな言葉である。

まあ、俺にしてみれば、J-POPだって、J-POOPだったりするわけだから、K-POOPだけ批判するつもりもないが、この言葉、急成長ワードに確定である。

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2011年6月12日 (日)

DNAは進化しないのか? 723

IN DEEP
「生きている染色体は、生体内 DNA のレーザー放射を用いて、ホログラフ・コンピュータのように機能している」というものだった。
これは、DNA が、レーザー上で特定の周波によって自身のDNAの振動と自身の遺伝子情報を調整し、管理しているという意味のようだ。

この記事を読んでふっと昔からの疑問が吹き出してきた。
「生物は自己DNAを書き換える能力を持っているのではないのか?」

ということである。

学校で習ったのはDNAをコピーする際はRNAに一度コピーして、それを鋳型としてDNAを細作作成する。完全コピーだから元と同じものができる。したがってDNAは更新されない。更新されるとすれば、放射線等によって(傷をつけられるか)エラーが起きる場合である。ただ、この場合、エラーであるからして殆どの場合「障害」となってしまう。

この内容からして、生物の進化はあり得ない話となる。ダーウィンも進化とは淘汰と突然変異の二つだけでくくっている。
「キリンの首が伸びたのも、象の鼻が長いのも突然変異種が淘汰の末で今に至る。」
という結論である。

どうも、昔から納得がいかなかったのだ。突然変異と言っても10000体のコピーがあれば1体ぐらいはエラーになって、それが生き残るかどうかは環境が決める・・・。まるで細菌と同じような扱いである。このように考えていくと、生物というのは本来の生きるという意味が全く残らないのだ。「生命はそのDNAの乗り物であり、それを次世代につなげるためだけに存在している」そんなふうにも聞こえててくる。だからDNAが保管される方法が見つかれば生命さえも必要ない。・・・・まあそれは、極論だが我々はあまりに無力なのか?と思う。

忍者は、毎日竹を乗り越える練習をつむことで最後には2階立ての家ぐらいまでならジャンプできる要になるという・・・訳はないが、毎日同じことを繰り返すとそこが強化されるのは生物の特徴である。おれも最近はほぼ毎日自転車15km弱走るから足の筋肉だけは発達してきている。石川遼も毎日英語を聞いていれば、しゃべれるようになる。同じく、怠けるというのも、マイナス面としての強化だと思う。

その結果が、この世に残せないものなのだろうか?ということになる。「生きた証」というのは「子供の命」として残すことができる。「努力した証」は残すことができないのだろうか?ということである。

久しぶりなので長文となったが、生命はDNAを書き換える能力があると(勝手に)思っている。その作業を行うのが「寝る」という行為ではないのだろうか?寝ている間にDNAから成長に必要な情報を抜き出すが、何かしらDNA情報を超えた体の変化により栄養条件が良くなった、イキイキとしているといった変化があった場合は、その条件をDNAにも残す。そんな機能が生物にはあるのでは?と思う。

キリンの先祖が、高いところにある草を食べようと首を伸ばす

寝ている時に、首・肩がこる、しかし、その日に限って栄養条件が良いと体が判断

その繰り返しが体の変化(個体の体格)、脳の記憶に残る。

一定条件を超えればDNAに書き残す残す

引き継いだ個体(子孫)が、同じことをするかどうかで、個体の変化を継続するかどうかを決定るする。

こんな感じの流れかな、と思う。昔コンピュータを習ったときはROMとRAMの関係がDNAとRNAの関係として理解できた。ただこの場合、ROMは絶対で書き換えることができないというのも間違った考え方で、一般人には書き換えることはできないけれど、機械と知識を持った人にとっては書き換えはアタリマエということだ。

天才の子供だからといって天才には生まれてこない。偉そうな親の子だからと言って子供も横柄になるというわけでもない。1代2代の世代ではほとんど変化はないはずである。キリンの首も何十という世代の中での変化だと思う。生物が魚-両生類-爬虫類-哺乳類ー---と進化してきたのにはこういった努力があった筈である。そうでなければ種の分化などは必要ないのではないかと強引に考えていた。でもそれもそれほど外れていなかったのではと思う今日この頃なのだ。

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2010年10月 9日 (土)

三峡ダム、貯水水位を175メートルに・・・ これもキターっ 683

久しぶりに三峡ダムで検索してみれば・・・

 10月4日5時まで、三峡ダムの水位は165メートルに達し、最終貯水水位まで残り10メートルほどとなりました。今月末までに175メートルの貯水水位に達することが予定されていますが、三峡ダムがここ三年、貯水水位に向け三回目の挑戦になるということです。

 今年の9月初め、三峡ダムプロジェクトは洪水防止から全面貯水という段階に入ったのにつれ、175メートル向けの試験的貯水を再開しました。 三峡ダムの貯水水位が最終水位に達してから、洪水防止、運航、水の補給、発電などの総合的利益が十分に発揮されると見られています。2008年と2009年、三峡ダムは二回にわたって175メートルの貯水水位を目指したものの、成功にいたりませんでした。

とうとう三峡ダムも年内に崩壊するのだろうか? 中国バブル崩壊とどっちが先だ?

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重力は存在しない・・・ キター 682

(訳者注)  物理学のこの周辺のことは私はよくわからないですが、このニューヨークタイムズの記事をアップしようと思ったのは、大紀元日本の10/7の記事のこの部分に興味を持ったためです。
現代科学は、宇宙研究において重力理論が基本となっている。しかし重力が存在しないのであれば、銀河系や宇宙構造に対する認識も必然的に誤っていることになる。天文学者は、はるか遠くにある天体の運動を重力理論では説明できないから、限りなく強い重力をもつ「ブラックホール」理論を導入せざるを得ないのかも知れない。事実、「ブラックホールは存在しない」と唱える物理学者もいる。
という下りです。
要するに、仮に重力が存在しなかった場合、現在ある宇宙や地球に関する多くの理論は「何もかも」崩壊するのかもしれません。

A Scientist Takes On Gravity
ニューヨークタイムズ 2010.07.12

重力を引きつけるひとりの科学者
歩くために足を上げる瞬間から始まる毎日の生活を考えてみても、地球に重力が存在しない生活などということを想像することは難しい。
しかし、もし、仮にこの「重力」というものが、単なる宇宙のおまけみたいなものか、あるいは何か他で起きている深いレベルでの現実での効果だったと言われたら、どう思われるだろうか。

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上記の記事を読んで「やっぱりそうだ!」と嬉しくなってきた。 俺の代がやってきた。

キターっ と言う状態だ。 そう、重力なんて力はないのだ。俺はこんなことはもう30年ぐらい前からおかしいなぁと思っていたのだ。俺って天才?

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2010年3月16日 (火)

高校受験 不合格! 570

娘が公立高校受験に失敗、見事不合格になった。とても残念ではあるし、悲しい気持ちにはなってくるが、長い目で見ればこれで良かったのかとも思う。
元々、内申が悪いし、成績もそれほど良くはなかったから、受かればラッキーぐらいの気持ちのところを受験した訳だ。やはり運では受からないものだ。

娘に対しては「よくやった」と思う気持ちと、まだまだやれただろうになぁという気持ちが半々である。効率の悪ささえなければ多分受かるぐらいの脳みそは持っていただろう。やる気もヒシヒシと感じられる。もしかしたらという親馬鹿な気持ちで見守っていた。しかし、その態度たるや、机を含め、部屋はぐちゃぐちゃである。捜し物を始めれば10分以上はモノが見つからない。そんな部屋だから、気持ちのみ空回りしても、ホントに効率が悪そうな感じである。また、負けず嫌いだから、親の忠告も聞こうとはしない。家庭教師が来る日だけきれいになるという、それこそ非効率な部屋である。整理がつかない。モノが捨てられない。散らかっている方が勉強しているような気分になる。そんな気持ちの勝負で負けたのだろうなぁと思う。

とあるホームページを見ると、部屋(机)が散らかっている人は愛情を受けることが少なかった人に多いとある。今更ながら娘を馬鹿にする前に自分が馬鹿だったということに気がついた。人はみな、スーパーコンピューターを頭の中に持っている。それをうまく使えるか使えないかだけの違いである。うまく使えないように導いたのは俺とかみさんであり、その共同作業の集大成が子供なわけだが、それが上手くいかないものだ。愛情をかけても愛情と感じてくれない。言葉かけをしても命令としてとられてしまう。俺も勉強をやり直しなのかもしれない。

しかし、まあ不合格で良かったと思う。あの子のことだから、仮に合格でもした日には、「自分はやればできる(から3年まで勉強しなくてもいい)」なんて天狗になって怠けきってしまうだろう。たぶん合格できても最下位ぐらいの成績だったはずだから、いきなり落ちこぼれ組でスタートである。いくら頑張っても、皆に置いてけぼりではスネルだけだろう。
そこそこのところで、トップ争い(?)でもしてくれた方が、本人もやる気が出るとは思う。「〇〇高校で東大を目指すんだ!」なんて大きすぎることを友達と電話で話していたそうだ。東大なんてそれこそ、無理かもしれないが、それでも今回の不合格(つまづき)が大きな刺激にはなったみたいである。昨日までの散らかった部屋も今日には片付いていた。

どこの高校に入るなど問題ではない。そこで3年間何をするかか大事なのだ。
人生なんて10連敗しても、1勝すればOKなのだ。
それと、チェンジはいいけど、あまりやりすぎると五月病になるから程々に・・・。

「不合格で幸せ」になるなんて珍しい家庭であるが、ヨカッタヨカッタである。

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2010年3月 2日 (火)

まんがで読破シリーズ  562

マンガで読破シリーズをアマゾンで注文した。明日来る予定。「漫画で読破」とは?アマゾンの検索窓に放りこめば出てくるが、イースト・プレスというところから出版されている古典文学をマンガ化したものである。子供の教育のためと自分も読んでもなかったからと思って、BOOKOFFでパパっと買ったのが始まりで、もうすでに10冊以上その辺に転がっている。俺の今現在の半径1m以内に転がっているのは、夏目漱石・こころ、アドルフ・ヒトラー・我が闘争が目につくところに置いてある。本棚に入れているのだが、子どもが取り出してみているみたいだ。シメシメである。俺の近所のBOOKOFFにこのシリーズを売ってくれる方がいらっしゃるらしく、だいぶ買わさせていただいた。ただ、最近は新刊入荷?が少なくなってきたので、たまには買おうかなと思ったのだった。今回注文したのは 続資本論とヴェニスの商人の2冊である。
漫画とはいえ、45年間読もうという気も起きなかったり、読んでも挫折したりした文学を漫画でサラッと30分で読み終えれば、それだけで文学家気分である。そしてこんな漫画でもなければ読みとうすことも一生なかった本がほとんどであるから、買って良かった物の一つで有る。
ただ問題はどこまで入手するか?である。アマゾンの書評をみると賛否両論の作品も幾つかある。ただもうここまで来るとコンプリートも目指したいとこでもある。

 
 
 
 
 
 


もうひとつ頑張っているのが、朝日新聞出版の週刊まんが日本史である。こちらも長い、これは毎週買っているのだが、やっと1/3のところまで来たということで、なんと日本の歴史の長いことと感じてしまう。昨日の段階で明智光秀だからもうすぐ戦国時代が終わるはずなのだが、10月からすでに4ヶ月でこれだけということは・・・ああ長い・・。

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2009年9月21日 (月)

波もスゴーイ 450

世の中には電波が溢れている。最近の問題では電磁波なんてのも良く言われる。電波は見えないからどうなっているのか想像するしかないのだが、今この瞬間にも、この目の前で波がにょろにょろしているわけだ。そしてそれを取り出すことができるなんてすごいことだと思う。
電波を見ることはできないが、ラジオはそれを抜き出して、音波に変換する機械である。

俺はニッポン放送を良く聞くが、1242khz周辺の周波数では、ニッポン放送の音声情報がゆらゆら漂っており、他の周波数でも、距離関係もあり弱くはなっているが、同じように音声情報が漂っていると言うことになる。ラジオ放送で言えば、100人ぐらいの人間が声の高さを変えてそれぞれしゃべりあっている状態だ。そこにこの高さの近辺の音だけ切り出せるというのがラジオだと理解している。つまりは今ここ目の前、後ろに電波というメディアを通じて、様々な情報・会話が空中を舞っているわけだ。その中にはノイズ的なもの(電子レンジや家電など)もいっぱいあるだろう。携帯電話も電波だし、無線ルーターも暗号化された電波だ、ラジオだけでなくテレビも電波だし、つまりは目の前は見えはしないけど電波の波が際限なく続いているわけだ。

波と言うと、海の波をイメージするがどんな状態なのかなぁと思う。縦波・横波、色々あれど波の形は、波形で表される。視覚化できたとしたら、それは光に近いものなはずである。
緑や赤・青など色の違いは周波数の違い。1242khzの音は赤っポイとかあって、その赤の中で変動があり、そこだけ取り出すと色とは関係なく音声情報が隠れているわけだ。
いろんな情報が目の前にやってきているとすれば、赤や、青やいろんな色が交じり合う。光の三原色が交じり合うと白になると言うが、いろんな光(情報が)やってくると目の前が真っ白になっているのだろか?白という情報の中にも、様々な情報が混じっているのかもしれない。この世は情報洪水?

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E=MC^2に触発 449

その記事を書いていて、折り紙のことも気になっていた。折り紙とはあの折り紙で、鶴や箱やら色々な形にはなるが、元をただせばタダの平面的な正方形である。完成品の鶴を見れば、日本人ならずとも老若男女、鶴といかなくても鳥だろうと言うことになる。篭を折っていれば、それは鶴や鳥ではなく、四角とか箱とかだろうと言う回答になる。しかしまた、元にもどして行くと紙でしかないわけだ。この折り紙の紙を科学的な元素に置き換えると、まったく同じ組成なのに、まったく違う形に見えてくるものがいっぱいあるだろう。

科学の元素記号でHとかOとかCとか色々あるが、これが紙であり、その組み合わせの複雑さもあるが、同じ組成でもちょっとした折り方の違いがまったく違うものになったりもするわけだ。人間の肌の色の違いなんて、単なる紙の裏表ぐらいの違いしかなく、裏も表も単なる主観の違いでしかない。中国人・韓国人・アメリカ人・日本人の違いも原材料の違いでしかないのかもしれない。

目の前のパソコンと俺自身も元をたどって行くと似たような元素からできていて、そして大元をたどって行くとE=MC^2に戻っていって単なるエネルギーの集合体だったって事なのだろうと思う。動物も植物もそしてこの地球も太陽も、ミクロの世界からマクロの世界まで、グーグルアースの世界に入って行くように0~∞までの間に似たような世界が存在するのだろうか?どれもこれも何かの組み合わせと折り方の違いがあっても、なーんだいっしょジャン、ってことになるのかと考えると楽しいものであるし、神様目線で世の中を捉えることもできる。

E=MC^2の式も、エネルギーと言う素材をC^2という折り方で織り成すとMができると解釈もできるのではないかと思う。M=E/C^2なのだ。光と言う糸なのか波なのか良く分からんもので折り込むと、エネルギーを「螺旋丸」状にすると物質が作られるわけだ。神様スゴーイ!

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E=MC^2 448

唐突だが、エネルギー(E)は質量(M)×光速(C)の2乗であるとの、この式は美しく、尚且つこの世を意味する大事な暗示だと思う。
昨日チラッとみた記事に色即是空、空即是色を薔薇に称えていたのに触発されたのだ。薔薇(色)は美しいが棘(空)がある。棘がなければ薔薇ではない。薔薇のようで薔薇でない、ベンベン!ではないがいい表現だと思う(なのに茶化してしまった)

E=MC^ これはエネルギーと質量は変換できると言うことである。俺の体にはエネルギーも質量もあるのだが、光はない。質量があるわけだから、それが何がしかの方法でエネルギーとして放出できればC^2だからトンでもないことになる訳だ。それこそカメハメ波どころではなく波動砲以上のエネルギーを内蔵していることになる。それも人類皆そうだが、この世の全てで言えるわけである。
逆もまた然りで、エネルギーが集まれば物質を造れると言うことではないか?形はどうあれ膨大なエネルギーが物質を形作っていると言うことでもある。

話は飛んで、宇宙の創世記、科学的にはビッグバン、宗教的には「まず光有れ!」から始まる混沌とした世界。光とはこの世を作る秩序であったとも言える。上の式ではC^2は単位的な扱いを受けているが、やはりここは「光速=光の存在」として取り扱われるべきである。神様なのか知らないがSomthing Greatが混沌とした宇宙に光と言う秩序を与え、そこにエネルギーと物質をまぜこぜあわせにして投げ込んだのがビックバンなのだと思う。神様も何ができるかワクワクしていただろう。オシベとメシベのまぜこぜあわせ、ラリロン、チララリロン、チリチリラリロン、チララリロン!いかづち丸の心境だったと思う。
E=MC^2とは、ニワトリが先か卵が先か?にも通ずると言うことであろう。

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2009年9月 8日 (火)

やるじゃん朝日出版 週刊マンガ日本史 432

子供向きの学習本をたまに探す。以前読んだ本にマンガによる教育を侮るな!という文章に感銘を受け、歴史モノを探しているところである。以前に書いた残念なマンガと言う記事にもあるが、これはいいと言う内容なのに落とし穴(エロ広告)があったりするし、面白いと理解しやすいを両立した学習マンガと言うのはあまりなかった。今まで買ったのは、
 
全3巻


後、タイトル忘れたが、諸葛亮孔明のマンガと武田信玄のマンガ、この2つはトイレに撒いてあるが、この餌には直ぐには飛びつかないようだ。思うにやっぱりマンガとはいえ直ぐに読み終えられるか、直ぐ読めそうと言うイメージがあるかのいずれかでないとなかなか手は出ない。A4で36ページぐらいならペラペラなマンガと言うイメージだ。

そう考えるとこれはいい企画である。歴史はやはり興味がわかないとやる気が起きない。教科書の文章量ではそこまではほぼ不可能なのだ。歴史は人が作る。感情が作る。どこまで続くか解らんがとりあえず買う準備はしようかな?

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