5月病って・・・・ 610
五月病ってなったことはない。それともなったことはあっても気がつかなかっただけか?
そもそも、五月病というのは、新しい世界に入っていったときに、今までの「嫌いだった自分を変えるチャンスだ!」っと自分の性格を無理やり変えようとするから起きるのだ(と思う)。
例1)学生時代に暗ーい性格だったとして、過去の自分を知らない社会に出るから、これを機会に明るくなって性格改造!
例2)中学では友達がいなかったから、高校になったら友達100人作るぞ!
みたいなかなり無理をするから起きるのかと思う。その兆候は4月にはすでに起きているのだが、多少の無理は効くし、なにしろ新しい自分が嬉しいし、ここで昔には戻れないと頑張っちゃう。そして、その矛盾と無理と疲れが出るのが5月、だから五月病。勝手な解釈だけれどそんなに的は外れていないだろう。人間の体や心は、ちょっとしたことで新しく変えていくことはできるけれど、チョットづつ変わるのならいいけれど短時間に変わろうとすると歪みができる。短期間に太れば妊娠線ができるようなもので、短期間に性格を(それも正反対にするぐらいが多いだろう)変えちゃおうなんて無理が有るのだ。おれなんか先日誕生日で45歳になったが、性格は高校生のころから殆ど変わっていない。変えようとした時期もあったが、やっぱり疲れちゃう。5月病はなかったが、4月1週病ぐらいには成っていたのかもしれない。
こんな話もあった。
「1人で学食に行くと友達いないことがバレる」…便器の上で弁当を食べる女子学生 痛いニュース より
これなんかも5月病の一種なのかもしれない。新しく大学に入ってやることに友達作りがある。勉強もアルバイトも必要だが、一人暮らしで最後に頼れるのは友達・同級生である。自分が全く一人(からスタート)してみると、周りのみんなはつるんでいるのに、孤独な自分が惨めに感じることがある。子供の頃から「オトモダチはいっぱい作るんでチュヨ」と教えられて育った子どもたちには、この環境の激変はショックなのかもしれない。友達(つるんで学食に行ける人)がいる人が勝ち組、いない人は負け組。そんな大人が作った勝手なイメージに押しつぶされた子供がこの子たちなのだろう。理想の自分と現実(本当)の自分、そのギャップを一気に乗り越えようとして無理をするから精神的におかしくなる。
友達なんていなくてもいいし、暗い性格でも構わない。自分は自分、そんなのカンケーねーと言い張れれば5月病なんてならないと思う(社会には適応できないかもしれないが・・)。
究極の5月病はうつ病だったり、自殺だったりする。馬鹿な話である。間違った社会、歪んだ社会に自分を合わせようとするから、そんな無知な状態になるわけだ。社会に合わせられなければ、そこから飛び出して、農林水産業でもやればいいのだ。なにも心や体を破壊する必要などないのだ。
まあ、そんな社会も持ってあと数カ月という感じである。どんどん悪くなっていく社会はもうどうでもいい、景気が悪いの、カンケーねー、会社が潰れてもカンケーねー、友達いなくなってもカンケーねー、とっとと精算して、ヒトとして生きて行きたいなぁと思う。
ブログネタ: 5月病になったことがありますか?
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