ベンハー 456
今日BSでやっていたから見ていた。と言っても、見出したのがかなり後半で、ちょうど山場の騎馬戦車戦が終わってメッサーラが傷だらけのところからである。ベンハーはDVDもあるから最初からでも見れるのだが、やっぱり途中からでも面白い。戦車戦までのストーリーはベンハーの復讐の日々、死の寸前から頂点まで上り詰める話で、それはそれで面白い。この場面で映画が終わると言うのも有りかもしれない。
しかし、この映画はスペクタクルをフリカケにした宗教映画である。ベンハーの生涯を通してキリストを表現しているのだと思う。頂点に上り詰めたベンハーを再度メッサーラが地獄に追いやる。さっきまでは肉体的な地獄だったが、こんどは精神的な地獄である。最後に助けるのは自分の気づき。キリストが自分の肉体をささげて、全人類の罪をかぶる。「神よ、彼らを許したまえ、彼らは何も知らないのです」この言葉がこの映画のメッセージなのかなぁと思う。
微生物から始まった生物の歴史。そこに突然現れ、この世を変えるぐらい影響力を持つようになった人類。キリスト没後2000年たった、この今現在。2000年たってもまだ、約束の地も時も来ていないのだ。東洋・西洋を問わず、どの世界にも神様はいる。その神様が、他の神を信じるものは邪心だと排斥する。そんなばかげたことが未だにまかり通る世の中である。
日本の政治も政権交代を果たしたことだから、宗教も政権交代の時代なのかもしれない。原始宗教から逸脱しまくっている現代宗教はまるで自民党と官僚支配の構造と同じではないかと感じられる。人のために始まった宗教が、宗教団体のものになり、国民のために存在する国家が、一部の人間のためにある。まったく同じ構造である。何事も原点回帰の時代なのかなぁと書きながら思ったりする。
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