あなたとコンビに 338
コンビニは確かに便利である。便利を追求して行くと多分コンビニ見たいになって行くのだろう。小さいながらも駐車場が停めやすく、年中24時間開いていて、ほしい物はほとんどある。食べ物・飲み物・本・ビデオ、そしてATM・トイレ・・・・。
もし、この世の中からコンビニが全て消え去ったとしたら、結構きつい物があるかもしれないと感じる。ただ、子供の頃はそんなものなかった。きつい生活万々歳である。人生困るぐらいがちょうどいいのだろう。便利すぎるといけないのだろう。便利便利と使っていると、時間が節約できる。さっと行って、さっと帰る。その空いた時間に何をするかである。オイラなんかはとくにする事もないから時間を持て余す。忙しくアレして、コレして・・・・とやろうとすればできるがやらないのが身上である。
昔、学生時代、趣味で音楽鑑賞なんてものがあった。CDは後で出てきたから、LPレコード鑑賞である。レコードは聴くのに気合を入れなければならない。頭出し・選曲なんて機能は無いに等しいし、A/B面を聞き出したら、1曲で終える事を選ぶ事はないだろう。まず何と言っても針を落とさなければならない。つまりは儀式である。これがCDが出てきて、スイッチポン・リモコンポンである。そして、デジタルオーディオになって非常に忙しくなった。もう既に鑑賞なんて事はできないのだ。ちょっとでも気に入らない曲が入っていたら、「次」「次」「次」と飛ばしてしまう。儀式なんて前近代的なものはまったく無い。便利この上ないが節操も無い。趣味性も無い。音楽鑑賞なんて言葉はもう廃れたのかもしれない。音にコダワルと言っても、ヘッドホンにこだわったり、録音周波数にこだわったりぐらいである。時間も手間もかけないで済むのだ。今の俺にとって音楽は聴くためのものではなくて(i-tunesに)コレクションするためのものになっているのかもしれない。
昔は、TVもよく見ていた。映画なんかもビデオもなかったころは一期一会であったから、真剣勝負。コレを見逃すともう二度と見れない。ビデオが出てHDDVTRが出て、どんどん真剣味がなくなって来ている。レンタルビデオ屋に行っても見たいDVDに出会えない。初めて行った頃は、コレをいつか全部見てやるなんて気も有ったような気がする。
便利とは「便利な事であって楽しいものではない」。便利なのは「不便を楽しむ」「不便だから便利にしたい、改良したい」そういった気持ちを萎えさせるのかもしれない。趣味も結局は、趣味の前段階、例えば釣りに行くなら、道具をそろえる、場所を決める、練習する、音楽鑑賞なら、ジャケットからLPを出す/しまう、レコードの針を落とす・・・そんな緊張感と準備とコダワリ、そしてそれに費やした時間が楽しいのであって、本番部分は作業的なのかなとも思う。
登山するのに、下から登って行くのか、それともケーブルカーで上がって残り10mからスタートするのかと違いとでも表現するべきか?トニカク便利になりすぎて、する事なす事あまり楽しめないのだ。かといって隣にケーブルカーがあれば歩いて登るのはあほらしい。
世の中便利が当たり前になっちゃって、数分が待てないし、ない事が許せない。
今日は、とある温泉街で不便を目の当たりにしながら、それはそれでいいのかなと許せる自分に出会えたのであった。最近は30分以上待つなんて事も珍しくなった。有るべきものがないと不便だけれど、不便だから「だめ」って事もないのかなぁと思う1日であった。
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