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2009年4月16日 (木)

安い弁当 200円台 300円台

最近テレビのニュースで安い弁当の企画が良く放映されている。350円とか250円とか、いろいろな業界の思惑が逆巻いている感じである。俺は買う側であるから、昼飯が安くなるのはうれしい。TVではうまい、安い、早いの弁当に行列が出来ている画面が繰り返される。今日はNHKの朝のニュースで流れていた。

「物の価値は求める人の数によって決まる」「しからば、おぬしの弁当は如何程の価値也」

安いということは買う側からすればうれしい。しかし売る側から見ればこの品はこの程度の価値だと見下している値段である。「この弁当は250円の貨幣としか交換してもらえない価値である。だからこの値段で売っている」と取れる。「この弁当は300円の価値もない、だから250円だ」そんな心の奥底が聞こえてしまうのだ。画面で見れば350円でもいいんじゃないかという内容であるが・・・・・。もっと高く売ってもいいのに安く売る。確かに売れ残るよりは、安くでも売り切ったほうがいい。しかし、安さ競争は悲惨な結果しか生まない。次はどこかが249円弁当、次の日は246円弁当、その繰り返しだ。そして、とばっちりをうけるのはその近所の昼飯所である。メインマーケットの昼飯に来る客は減るし、対抗して単価も下げなければならない。気が付けば、安売り弁当は商売のうまみがないと、撤退されたときに、近所の店は全て潰れていた。なんてことがありえるわけである。
この商法は、過去に大量・安価販売のダイエー・ジャスコの戦略と同じである。安さと便利さで集客し、薄利多売で儲けを出す。しかしこれらは破綻した。そして、近所の商店街も破綻した。昼飯業界でも同じこととなるであろう。「安い」は自らの価値がないことを認めることである。勉強して・・というが、勉強してみて品に優位点がないから値引きするのだ。勉強して優位点があれば、安くする必要はない。楽をして手っ取り早くと考えると長続きしないのだ。買う側も必死だから、暴利をむさぼっていては生きてはいけないが、適正価格を崩すのは良くない。薄利多売とは、単に他者を蹴落として自分だけ儲けようという考えからでてくるものであり、売る側と買う側の欲のぶつかり合いでしかない。今日・明日はあっても明後日はないのだ。

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